ニナのケーキワールド 全国のおいしいケーキ屋さん情報
私のお店のお菓子物語 ニナのスイーツコレクション

私のお店のお菓子物語 ニナのスイーツコレクション ニナのケーキワールド


http://blog.cake-cake.net/sweets_collection/index1_0.rdf
 
 

エコール・クリオロ始動!  [2008年07月25日(金) ]

さて、日本に来たサントスシェフ。
早速 いけばなに触れますが・・・。
『実際に習ってみると、いけばなには決まりが多すぎて・・・。』
結局すぐにフラワーアレンジメントに 路線変更したのだそう。

はじめは「いけばな」に興味があって日本に来たサントスシェフでしたが、京都と言う街に触れるごとに様々の新しい物との出会いが 日本の文化全体に対して興味を持つようになってきたんだそう。
1年間の京都生活の後、東京へ。
東京では、チョコレート会社でパティシエと言う職人の立場から商品の使い方などを紹介する仕事につきます。
『以前 スイスで働いていた会社でチョコレートをやっていたので、チョコレートについての知識はあったけれども、チョコレートをメインに使って色々なお店にお菓子を紹介することで、チョコレートに対する新たな発見もたくさんありました。』
もともとパティシエであるサントスシェフは、この会社で働く中でチョコレートについてのスペシャリストにもなっていくのです。「サントス式乳化法」と言う独自のチョコレートの乳化法は失敗をせずに状態の良いガナッシュが出来るとパティシエ界でも話題になりました。

そして、様々なパティスリーのコンサルタントを経て、2000年にはより多くのパティシエの方にサントスシェフのおいしいお菓子を作るエッセンスをお教えしたいと、「エコール・クリオロ」を設立。
今では、すっかりパティスリーの顔も定着したエコール・クリオロさんですが、もともとはお菓子教室からのスタートだったのです。
「エコール」とは「学校」、「クリオロ」とは、シェフのスペシャリテであるチョコレートの「最高品種であるクリオロ種」・・・ ね、お菓子の学校でしょう。

『1店 1店お店に伺って講習や開発をすると限りがあったのですが、自分のラボに皆さんに来ていただくことが出来たなら 今まで以上に多くの方にお菓子作りをご紹介することが出来ると思って プロも参加できる学校を作ることにしたんです。』 と、サントスシェフ。
フランスでは、プロが新たな技術を学ぶための学校があります。日本でも、プロの方がお菓子を学ぶことが出来る場があってもいいのではとのお考えから設立された エコール・クリオロ。
『フランスでは、プロの職人が新たな技術を学ぶことに対して、政府も奨励していて補助金制度もあるのです。しかし、日本で「エコール・クリオロ」をはじめてみると、日本の職人さんには「技術は先輩から盗んで学んでいく」という文化があるようで。日本のパティシエの方向けのクラスに入りたい方がなかなか集まらなかったんですよ。結局、現在プロの方を中心にやっている教室はアメ細工クラス。 お菓子の教室はアマチュアの方に向けてのクラスを設けています。』

お教室は、エコール・クリオロさんのお店の2Fで開催されています。
お店で販売されている人気商品の作り方も教えていただけるということで大人気のお教室。
毎月その季節に見合ったテーマがあって、そのテーマに沿ったお菓子を作っていくのだそう。
『毎回同じものをお教えすると言うことがないようにやっていますので、同じクラスで何年続けていただいてもご参加いただけるプログラムになっています。』
実際に、初期からの会員様も長くお教室に通われるということで、お教室に入りたいという希望者の方は「入会待ち」されているほど。

人気の秘訣は、お教室で作ったお菓子をおうちでもう一度作れるようにと、1回分に計量された材料を購入することが出来るということ。
『焼き菓子など簡単に作ることが出来るケーキは材料を購入されていかれる方が多いです。』と奥様。

また、サントスシェフの軽快なおしゃべりも人気のひとつ。
『「次回はどんなものを教えて欲しいですか?」と、生徒さんにリクエストを募集したりしているので、お教室に参加している方も楽しんでいただけるのかもしれません。』
生徒さん同士のお菓子の情報交換の場にシェフも交わったりして、アットホームな場になっているそうです。
サントスシェフの奥様も、お菓子教室のアットホームな雰囲気が気にいってらっしゃるそう。


そんな奥様。
実は、ワインのスペシャリスト!もともとワインを販売する会社で勤務されていて、ワインに詳しいのだそう。
『お店で販売しているお菓子とワインを合わせてもっとお菓子を楽しんでいただきたくって。』
エコール・クリオロさんの一角には、奥様セレクトのワインが並べられています。
「このケーキには、どんなワインが合いますか?」なんてお客様の声も聞こえてきます。

次回、最終回は店長をされている奥様のお店づくり、これからのエコール・クリオロについて
お話を伺っていきたいと思います。
Posted at 12:00 | 第99回エコール・クリオロさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

サントスシェフのHISTORY  [2008年07月22日(火) ]

【第2回 サントスシェフのHISTORY】

こどもの頃、皆さんにも多くの素敵な夢があったことでしょう。
「幼稚園の先生」「看護婦さん」「お花屋さん」「野球選手」「おまわりさん」・・・
サントスシェフが「パティシエになりたい!」と思ったのも、こどもの頃。
既に、こどもの頃にはお菓子つくりを仕事にしようと決めていたんだそう。

そのきっかけは?
『こどもの頃にお母さんとケーキを作っていて。お母さんに教えてもらったケーキと同じように作っているはずなんですが、何度作ってもお母さんのケーキは自分が作ったケーキの2倍に膨らむんですよ。それが不思議で・・・。』
お母さんのようにおいしそうに膨らんだケーキを作りたくて、何度も繰り返し作るうちにお菓子つくりが楽しくて仕方ないものになっていたんだとか。
このハプニングがきっかけでサントスシェフのお菓子への道が始まっていったのですが。
『後で分かったのですが、どうしてお母さんの作るケーキが膨らんだかって言うと、分量が多かったんですよね。2倍で作っていたので、もちろん2倍に膨らむわけです。』
サントスシェフのお母さんのお茶目ないたずら心があったからこそ、サントスシェフがあると言っても過言ではないかも知れませんね。日本でサントスシェフの作るおいしいケーキを食べることが出来るのもお母さまのおかげ!?お母さまに感謝しなくっちゃですね。(笑)

さて、そんなきっかけでパティシエになることを決意したサントスシェフ。
フランスでは、古くより16歳の頃から職人になりたい者は職業訓練校で学びながら実際にその職業の修行をしていく制度があります。
ちょうど、日本で言うところの高校生。もちろんフランスでも高校に進む生徒もいますが、職人になる者は早くから職人の修行に入るのです。
既に将来の仕事を定めていたサントスシェフもその一人。学校へ通う週とアプランティーとしてパティスリーに入って修行をする週の繰り返し。そうして16歳の頃からパティシエとして修行
をされたんだそう。
『でも、16・17歳って言ったら一番遊びたい時期でしょ。友達と遊びたいけど、夜に遊んじゃうと次の日の仕事がつらい。午前3時とか、4時とか 早朝から仕事は始まるからね。 で、休みの日だったらと思って遊びに行っても、いつもの習慣で夜の9時頃になったら、もう眠たくって全然、遊んでなんていられなかったんですよ。初めの1〜2年は遊べないことが一番つらかったかも知れないね。』とサントスシェフ。
しかし、遊びに行きたい苦痛を乗り越えた後 パティシエとしての修行に人一倍集中するようになったのだとか。
『そうですね、仕事が終わってからあめのピエスを練習したり、チョコレートを練習したり、色々と練習をするようになりました。修行をしていたお店が3〜4人の小さなお店だったから、私は一番下っ端だったけど、何でもやれる環境でした。コンクールにもエントリーするようになったりして・・・』

そうして、19歳で出場した チョコレートのコンクール(「コンクール・ナショナル・ショコラ」アプランティ部門)でなんと2位!
これから、どんどんサントスシェフの実力が開花してきます。様々な大会で入賞するようになったそう。
中でもサントスシェフが『嬉しかった』と言うコンクールは「コンクール・ジャンルイ・ペルトロ アルパジョン」。21歳のときに出場したコンクールで優勝したときのこと。
『22歳までは「ジュニア部門」と言うものがあって、そちらに出場することも出来たんだけど
「シニア部門」に挑戦してみたくって出場してみたんです。そうしたら優勝することが出来て本当に驚きましたし、嬉しかった。他にも良い賞ももらいましたが、今でもこのコンクールのことは思い出深いですね。』


その後も様々なコンクールに挑戦されたサントスシェフ。アメ細工が好きで、練習も熱心に打ち込んでいたのだそう。そんなとき、サントスシェフの働くお店に日本人のパティシエが研修に来ることがあり、そこではじめて日本の文化というものに触れることになるのです。
日本の文化のひとつである“いけばな”に興味を持ち、“いけばな”に触れたいと思ったサントスシェフは日本に行くことを決意するのです。

フランス人パティシエの方が日本で仕事をする場合、労働ビザの申請をしなくてはなりません。この時の条件として、フランスでのその専門職の労働年数が10年以上であること、英語が話せるということが必須なのだそう。
当時24歳だったサントスシェフに10年の勤続年数はありません。
サントスシェフは今まで獲得してきた 様々なコンクールでの実績を提示することで、勤続年数不足をフォローすることが出来たのだそう。英語については、1年間のイギリス留学で試験にパス!ようやく労働ビザを取得することが出来たのだそう。
『このときですね。つらかったけど若いときに遊びばっかりせずに、練習をして仕事にまじめにやっていてよかったなと思えました。やっぱり若いうちに練習しておかないと。後でやると、時間がどんどんなくなるんですよ。大人になったら結婚したり、子供が出来たりするでしょ。そうすると自分の練習に打ち込める時間が取れなくなってきますから。若いときに遊べないっていう辛さはあったけれど、そのおかげで24歳と言う若さで日本にくることも出来た。いい経験をしたって思っていますよ。最近はやる気のある若い人があんまりいないんですよね。自分で何がやりたいっていうことがわからない人が多い。日本だけではなくって、フランスでも同じです。フランスでは労働時間規制の問題なんかもあって最近は練習する人も減ったんじゃないかな。残念なことです。』
サントスシェフは自身の経験から、練習の大切さ・仕事に打ち込むことの大切さを感じ、今がんばっている若いパティシエさんにエールを送ってくださいました。


さて、いよいよ日本に来ることになったサントスシェフ。
初めて上陸したのは京都の街。

日本に来た、サントスシェフはどのように感じられたのでしょうか?
次回をお楽しみに!
Posted at 12:00 | 第99回エコール・クリオロさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

ロールケーキの中にワラビ餅が!?  [2008年07月18日(金) ]


【第1回 ロールケーキの中にワラビ餅が!?】

日本では、フランスのパティスリーさながらのお店や、和スイーツのお店、アジアンテイストなスイーツにこだわるお店など、実にさまざまなスイーツと身近に接することが出来ます。
そんな中 和スイーツでもなく、フランス菓子とも言い切れないケーキ ―“ルレ・オ・ワラビ”
わらび餅がはいったロールケーキ。いうまでもなく、スイーツ界にとってセンセーショナルな存在のケーキとなりました。
わらび餅にロールケーキという組み合わせへの驚きもさることながら、そのケーキを作ったのがフランス人パティシエだったということに誰もが驚かれたのではないでしょうか。
―アントワーヌ サントス シェフ。

サントスシェフはフランスでお菓子の修行を積み、日本でお店を開いたパティシエです。
フランス人シェフだからできる、サントスシェフだからできる、そんなお菓子をいただけるサントスシェフのお店。東京都豊島区の“エコール・クリオロ”さんには、シェフのスペシャリテであるチョコレートを使ったケーキ、フランスの洗練されたケーキ、“ルレ・オ・ワラビ”のように和素材などを使ったケーキがショーケースに並びます。また焼き菓子のひとつひとつの、素材使いや形状・食感からもサントスシェフのオリジナリティーあるお菓子の世界に触れることが出来ます。


いったい 日本人である私達をも驚かせるような和素材とフランス菓子の組み合わせの妙に尽きるお菓子の数々はどのようにして生まれてくるのでしょうか。
『日本に来て、はじめて「わらび餅」を食べたとき、その食感が面白くって!フランスではない食感なんですよ、わらび餅って。これは生ケーキにも絶対合うなって食べた瞬間に思いました。』とサントスシェフ。

ケーキづくりをするときにサントスシェフが一番大切にしているという食感。“ルレ・オ・ワラビ”誕生のきっかけはこの食感にあったのです。
とはいえ、わらび餅を食べたのも初めて。作ったことなんてなかったシェフ。
もちろんですよね、フランスにはわらび餅なんてないのですから。
サントスシェフは、わらび餅を作るために、ゲル化剤の工場に行って数日間 現場の方に教えていただきながら日本のゲル化剤の勉強をして、生ケーキにあう食感のわらび餅づくりをはじめたんだそう。
『ゲル化剤なんかもたくさんありすぎてわかんなかったですから。日本には約800種類ものゲル化剤があるんですよ。寒天だけじゃなくって、他のゲル化剤と合わせることでそれだけの種類のものを作っているんだそうです。そして、そのひとつひとつによって食感も違うんですよね。』
そして、ようやく完成した“ルレ・オ・ワラビ”だったのでした。

『私は日本人ではないですからね。日本の食文化の習慣についての知識がないですから。わらび餅だからこうあるべきって言う感覚がないんです。だから、ロールケーキにわらび餅を入れることも、わらび餅をフランボワーズ味にする発想も自由にできたんですよ。』
そんなサントスシェフのお菓子の一番のファンである奥様は、
『シェフは、フランスのパティスリーを基本にしながらも、日本の素材にも興味を持っていろいろととりいれていますね。単に日本の素地を取り入れるのではなくて、日本人から見た和素材の使い方とは違った、フランス人から見た和素材の使い方という形で商品に使っていくのが面白いですね。』 と、おっしゃっていました。

『国の文化によって、考え方もいろいろでしょ。例えば、日本人は甘いお米ってあんまり好きじゃないですよね。フランスでは、牛乳でお米を煮たりすることは当たり前。逆に日本のあんこのように、豆を甘く煮込むなんてことはフランスでは考えられないことです。』

奥様のお話しによると、プライベートでもシェフの日本の文化・習慣にとらわれない発想の場面はたくさんあるのだそう。例えば、お味噌汁を入れる木のおわんをオリーブを入れるのに使ってみたり・・・ 

そんなサントスシェフだからこそ出来るお菓子の数々は、サントスシェフが「おもしろい」・「表現したい」と感じた食感からインスピレーションが生まれるんだとか。

『ケーキを作るときには、まず何の食感を出したいかを決めます。「サクサク」なのか、「かりかり」なのか、「ふわふわ」、または「クリーミー」など。次にその食感を出したいんだったら、どういう素材を使えばいいのかを考えながら味を決めます。味が決まったらバランスを考えて・・・スポンジのバランスとか、合わせる素材だとか。食感はメリハリをつけて表現できるように。 そこまで決まったらいったん作ってみて試してみます。』

食感から発想の広がるサントスシェフのお菓子。
『同じじゃつまらない』とおっしゃるサントスシェフのお菓子は、“MADE IN JAPAN”でもなく、“MADE IN FRANCE”でもない、“MADE IN SANTOS”。
サントスシェフのお菓子のバックグラウンドにあるフランスと、日本の出会い、そしてサントスシェフの感性によって生み出されたお菓子なのです。


次回はサントスシェフのHISTORY。 今日のサントスシェフを作りだしているものについて、お話を伺いましょう。
Posted at 12:00 | 第99回エコール・クリオロさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

アトリエから発信する葛西さんの「楽しい展開」  [2007年10月26日(金) ]

【第3回・アトリエから発信する葛西さんの「楽しい展開」】

私、いろんなお料理・お菓子含め 食べることが大好きなんです。
小柄な葛西さんですが、一年に一度はフランスまでおいしいものを食べる旅に出かけたり、というほどに「食べること好き」!!

フランスのレストランのデザートはお菓子を作るのに参考にしていますよ。すごく勉強になるの。 組み合わせもそうだし、スパイスの使い方など全然発想が違いますから。 お料理の中からもお菓子につながるエッセンスはたくさんあって・・・
フランスのレストランで感じたおいしいエッセンスは葛西さんのお菓子やお料理の中に生
かされています。

そうね、最近気になっているのは「スパイス」とか、あとは「塩」ね。今度、「ケーク・オ・サレ」を新商品として考えているんですよ。ケーキと言ってもケーキのような・・・ん〜、そうね。ドライトマトとかも入っていてどちらかと言うとパンのような、ブリオッシュのような、そういうお菓子。いつお店に登場させようかな〜って考えているところね。

―とはいえ、“グリオット”のお店では、「いつも同じケーキだけを買う」というお客様が多いので、新商品の登場はひと苦労!?
だって、たとえおひとりでもお客様のお気に入りのケーキがあったら、そのケーキをなくしてしまうことは出来ないでしょ。そうすると、どんどん新しいケーキを出してしまうとあの小さいショーケースにケーキが入りきらなくなってしまうし、“グリオット”のコンセプトとは違ったお菓子もあるもの。 そういったときにどうする? それを新しいお店で展開したり、コーディネーターとしての仕事の場面で提案したりするわけよ。』

こうして、“グリオット”のアトリエから発信された葛西さんの新しいお菓子たちは、新たな「場」に登場することとなるのです。

例えば、“グリオット”のお店でお菓子教室を開いたり、新店舗のカフェやレストランのメニューなど食空間をプロデュースしたり。またあるときは、海外のデザイナーさんやアーティストの方が日本で作品を発表するパーティーのときに、ゲストの方をお招きするためにその作品のイメージのお料理を作ったり・・・というお仕事をされているそう。
どんどん楽しい展開をしていけるといいわね!』と葛西さんはとても楽しそう!

こうして、「楽しい展開」を広げている葛西さんの肩書きはお仕事の幅の広さ同様に様々。お菓子教室講師、フードコーディネーター、パーティーコーディネーター。 もちろん、お菓子屋オーナーパティシエ・・・ 講演もするというマルチな活動ぶり!!

そうね、最近はフードコーディネーターや、パーティーコーディネーターを仕事にしたいっていう若い女の子が多いんですよ。だから、よく講演をしますよ。だけどね・・・
葛西さんはおっしゃいます。 『こればかりは勉強してできるものではないんですよ。 私はいつも私のまま 自然体で表現しているだけなんですから。

特に資格の必要なものでもないんですよ。じゃ、なぜ私がこういうことが出来たかって
。 私の母親がね、こういうことが好きだったんですよ。

商業デザイナーをされていたという葛西さんのお母様は、葛西さんが小さかったころの・・・ 約50年前から食卓にはご自分で刺繍されたランチョンマットを敷いてテーブルのセッティングを楽しんでいらしたそう。 

もちろん、その日のランチョンマットの色にあわせて、庭のお花を摘んできて、テーブルに小さく生けるような・・・とにかく、色の感度の高い人でしたね。 朝の食事のセッティングなんかでも、意識をしていて、同じメニューでもこんな風にセッティングすればもっとおいしく見えるねとか、そういうことを毎日やっていました。そんな中で育ったことも影響しているのかも知れませんね。

生きてきた中に、どれだけにそういったことに気をとめてきたかによりますよ。 あとはその人のセンスしかないですからね。』 

葛西さんはお母様の影響を充分に引き継いでそのセンスのよさと、「食」へのこだわりで、現在も様々にご活躍されています。

でもね、これから本当にやりたいことって言うのはひとつなんですよ。

いろんな形で、「食」を提案してきた葛西さんの今やりたいこととは何なのでしょう。
もう、最後は、小さく小さくしていきたいのよ。

小さなアトリエでね、いらしたお客様とお話をして「じゃ、あなたにはこんなお菓子、 こんなお料理はどうかしら。」とそのお客様のためだけに作ったものをお出しするの。そういう、究極のサービスって言うのをしたいと思っているのよ。

訪れたお客様、ひとりひとりのに向けられた葛西さんのスイーツ。
お菓子と、お客様(つまり「人」)が大好きな葛西さんらしいサービスの形。

自分だけにつくられるスイーツだなんて、とても贅沢。
それは、いったいどんな味がするのでしょう。
 きっと、優しく、あなたを包んでくれるスイーツであるに違いありません。
 またあるときは、あなたをぐっと元気づけてくれるスイーツ。
 癒してくれたり、慰めてくれたり・・・いろいろなスイーツが提供されることでしょう。

もう、還暦をすぎたとおっしゃる葛西さんですが、まだまだ『葛西由利 健在!!』ですって。 まだまだ夢に向かって発進し続ける葛西さんの次の楽しい展開はどんなでしょう?  葛西さん、これからも私たちに楽しくって、おいしいスイーツを提供してくださいね!
よろしくお願いします!!
Posted at 15:00 | 第98回グリオットさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

「お菓子大好き」な気持ちのルーツ  [2007年10月23日(火) ]

【第2回 「お菓子大好き」な気持ちのルーツ】

「小さい頃に作ってもらったお母さん手作りのお菓子がおいしくって・・・」
そんな思い出をお持ちの方 たくさんいらっしゃるでしょう。

葛西さんのお母様もお菓子つくりが大好きだったのだとか。
そう、50年も前の話ですよ。 私が小さい頃ですから。 ケーキ屋さんもまだあまりなかった時代ですよ。 その頃から母親はお菓子を良く作ってたんですよ。

葛西さんのご自宅の周りには外国の方が多く、しばしばご近所の方の集まるホームパーティーを開いたりされていたそう。そこでふるまうお料理も含め、お菓子もすべてお母様の手作りだったんですって。
マドレーヌとかパウンドケーキだとか、それからフレンチトーストだとか そういうものを母なりに作ってくれていたんですよ。オーブンなんていっても、今のような性能の良いものではなくって、ガス台の上にのせて焼くタイプのものですよ。 お菓子を作っている母はとても楽しそうで、お菓子を作るってとっても楽しいことなんだということを子供のころから体でわかっていたんですよ。 台所中いっぱいに甘い香りがしてね〜。

楽しそうにお菓子を手作りするお母様の影響を受けて始まった葛西さんのお菓子作りはだんだん、本格的に!?
お菓子つくりと言っても、今のようにお菓子のレシピ本もなかったんですよ。
当時のレシピといえば、「主婦の友」などの雑誌のおまけについているくらいのものだったそう。 

そういったレシピをとにかく片っ端から作ってみたんですよ。 もう、洋菓子から和菓子からジャンルに関わらず、本に書かれている通りにとにかく作ってみるというのをやりました。 それを繰り返しているうちにね、「私だったらもう少し甘くするな〜」とか「もっとやわらかくしたいな〜」とか、自分の好きな味になるようにレシピを変えてみるようになったんです。

そうして、自分好みの味を求めるようになってきた葛西さん。
中には、失敗することもあったそうですが、おいしく出来たときの感動はひとしおだったことでしょう。

「この味が食べたかったの〜」って成功したときはうれしくなったわ。 そうこう繰り返していくうちに、自分の中のお菓子の位置づけがどんどん高まっていったんです。

実は葛西さん、お菓子の学校に通っていたわけではありません。 またお菓子屋さんで働いた経験もないのだそう。
全てが、「お菓子つくりが好き」と言う気持ちから発進したこと。
お菓子屋さんを開こうだなんて、少しも考えたことなかったとおっしゃるから驚きです。

あるとき、海外に行くチャンスがあって、娘と2人でイギリスやフランス、ウイーンなど色々な国の色々なお菓子を食べてまわったんです。そうして、たくさんのお菓子を食べて、それぞれのお菓子の違いに気が付いていって、「私はこういうお菓子を作りたいんだ」って思うようになったんです。

そうして「おいしいお菓子を食べてもらいたい」という思いで、お菓子を作っては娘やお友達に食べてもらって・・・・

ある時ね 「私の作っているお菓子をおいしいってもっと多くの方に召し上がっていただきたいな〜」って思うようになったんです。それからは、自分のお菓子に合うおいしいコーヒーをひいているコーヒー店を探して、そのお店に私の作ったお菓子を置いてもらうようになって。 それが私のお菓子屋さんとしてのスタートです。

自宅でお菓子を作っては、コーヒー屋さんに卸す・・・そんな日々を続けているうちにだんだんクチコミで葛西さんのお菓子は広まっていったそう。
そして、いよいよ雑誌で紹介されるとデパートから出店の依頼が来るほどの話題に!!!

もちろん自宅のキッチンで作っている程度ですからデパートの出店は出来なかったですけれど。 その後からですね、今度はお客様がどんなお顔ででお菓子を食べてくださっているのかを見たいと思うようになったんですよ。 卸すだけでは、そういうところは分からないですからね。

そこで『私のアトリエを持てばいいんだ。』―ようやくお菓子屋さんの道に進むことを夢に動き出した葛西さん。
自宅のキッチンの延長でいい 自分ひとりでこつこつお菓子を作れるスペースなら大きくなくってもいいんだから。 ショーケースにお菓子を並べて、お客様がケーキを選ぶときの真剣に悩んでらっしゃる表情だとか、ケーキを買っていくお客様のうれしそうな表情だとか、そういうのお客様の表情を見れるのがとっても楽しみだったんです。

じゃ、アトリエを持つには・・・
そこから葛西さんの準備が始まります。お菓子の精度をあげて、そのお菓子に合ったパッケージのデザイン、もともと決めてあったお店の名前のロゴをデザインし、カラーを決めて・・・ もちろん、お店の場所を決めることも、厨房機器をそろえることも全て初めてのことばかり。 全てを準備しながら、出展に向けて資本金を貯めて・・・
そうしてオープンしたのは、アトリエオープンに向けての準備をはじめてから10年後のことでした。

いろんな方にお世話になって、やっとオープンした小さなアトリエでした。 21年たって、もう今は古くなってしまったけれども、私にとっては今も私を発信する場所ですから、大切なアトリエです。

“グリオット”のお菓子を食べると、葛西さんがお菓子を楽しく作っている様子や、お菓子が大好きな気持ちが伝わってくるような、“すごくやさしい味”を感じられます。

添加物はもちろん使っていませんし、小さなアトリエで作れるお菓子なので少量づつしか作れません。とても地道な作業ですよ。 それでもとっても楽しいんです。 お菓子のこと・お客様のことが好きだからこそ出来る仕事だと思いますね。』と言う葛西さん。
その気持ちが何より、やさしくおいしいお菓子の味を作っていくエッセンスなのでしょう。

“グリオット”がオープンしてからは、お菓子を作るところから接客まで、さらに高校生になる娘さんとの生活。これら全てをひとりで行うことは簡単なことではなかったはずです。ですが、葛西さんのお話からはちっとも大変だったように感じられることはなく、楽しい事のように聞こえてしまうのです。

お菓子を作ることも、「ママでいる」ということも全てが私にとって楽しいことなの。娘との出会いがあって、またお客様やいろんな人との出会いが「葛西由利」を作っているのよ。


そんな風に話おっしゃる葛西さんにとっての大切な空間―“グリオット”のアトリエ―からは、お店で販売するお菓子を発信する以外の、多くのものが発信されています。

葛西さんは“グリオット”のお菓子が好きで“グリオット”に通ってくださるお客様を大切にする一方で また違った展開も楽しく行っています。 
お菓子の先生をされたり(キューピー3分間クッキングでの講師姿も素敵でした!)、フードコーディネーター・パーティーコーディネーターとしての活動など・・・

どんどん展開されていった葛西さんの活動と今後のお話を次回ではご紹介していこうと思います。  お楽しみに!
Posted at 17:13 | 第98回グリオットさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

スイーツコレクション第98回グリオットさん  [2007年10月19日(金) ]


お菓子作り 大好き!!!」 

“お菓子屋さん・ケーキ屋さん”という職業は、幼稚園の女の子にとってベスト3にランクインするほどの憧れの職業。
今回ご紹介するお店のシェフもまた、「小さい頃からお菓子つくりが好きで好きで・・・」 

そうして、今から20年前 一軒のケーキのアトリエをオープンさせました。 
20年も前に女性がオーナーパティシエとして自分のお店をもつなんて、まだまだ珍しかった時代のこと。 日本における女性オーナーパティシエの先駆けとも言える存在でしょう。

―東京 国立。 駅から少し歩いた街角にある小さな かわいいケーキのアトリエ。 
グリオット”の葛西シェフに色々とお話を聞いてきました!


Vol・1【グリオットと言うお店】

東京 国立にある“グリオット”はオーナーパティシエ 葛西由利さんのお店。
そこは、本当に小さなかわいらしいお菓子屋さん。
創業から20年たった今もそのままの佇まいで地域のお客様に愛され続けています。

グリオット”のケーキは、すこし小さめのお上品サイズが特徴的。
どれも「見た目に派手なケーキ」と言うよりは「シンプルなおいしさが魅力のケーキ」です。

ところで、気づいてくださった方いらっしゃいますか??

「どこかでみたことあるようなケーキ!」・・・そう、ニナのケーキワールドで“グリオット”のケーキにはお世話になっているんです。

例えば、掲示板のコーナー。
掲示板のコメント機能より“画像イメージ”をクリックしてみると、ケーキ型のアイコンたちが現れますよね。

コニャックショコラ・ノアカラメル・チェリーブランデー・チーズケーキ・クッキー ・・・
これは、どれも“グリオット”のケーキだったんですよ。 

なんといっても、“グリオット”はニナのケーキワールド参加第1号のお店さんなのですから!

さてさて、まずは「ニナのケーキワールドでも大活躍!」の “グリオット”についてお話しましょう。

お店にいらっしゃるお客様は、お年を召した方から若い方、ご両親に引き続き2代目となったお客様とその年齢層は幅広いよう。
海外に転勤に行っていたお客様が「帰ってきたよ」と言ってお店に来てくださったり、一ツ橋大学が近いものですから学生の方も多いですよ。』―と葛西さん。

特に男子学生さんはケーキをおなかいっぱいケーキを食べるなんてぜいたくは出来ないから、バイト代が出たらお気に入りを1個だけ買っていってくれるの。そしてね、卒業後しばらくして社会人になってから久しぶりにお店にやってきては「学生のときは1個しか買えなかったけど、今日はたくさん買っていきますよ!」と言って来てくださるんですよ。

そういった経験から、お客様の成長やどんなに時間がたってもお店に足を運んでくださることに感動したり・・・『長くお店を続けているとお客さんからたくさんの感動をいただく』のだそう。

ですから、すばらしい感動をくださるお客様に食べていただくケーキのひとつひとつに心をこめて作るのは基本ですよね。そして、そういった気持ちがなくなってしまったら、もうお菓子は作るべきじゃないと思うのよ。


グリオット”のお菓子たちは 決して最近の華やかなケーキの装いはないのかも知れません。ですが、20年前のオープンから今も尚 変わらず多くのお客様に愛され続けている理由。―それは葛西さんのお菓子つくりに込めたお客様への「気持ち」なのです。

そうね、お菓子を作るときはどんなときもお客様の食シーンを想像しながら作るの。ただ作るんじゃなくて「どういう風に食べてらっしゃるのかな?」とか「こういうシチュエーションで食べていただくとおいしく食べていただけるわよね」とかいつも想像しながらレシピを作ります。

特にクリスマスなんかはそう。どんなに忙しくってもひとつひとつのケーキをお客様のクリスマスのシーンを考えますよね。だってどんなにけんかをしているカップルでもケーキの箱を紐解けば笑顔になるでしょう。ケーキってね、幸せな時間を仕掛ける大切なものなんですよ。人の気持ちを変えちゃうこともできるの。だから、ひとつづつを大切に作っていかなきゃでしょ。

葛西さんのお話のその隅々から ケーキのこと・ケーキを作ることやお客様のことを本当にお好きなんだという葛西さんのお気持ちを感じずにはいられません。

もちろんそうよ、「“グリオット”のケーキ イコール 葛西由利」ですし、「私の大好きなケーキをどうぞ。お好きな方は食べてみてください。」という気持ちでお菓子をつくり続けてきたのですから・・・』 と葛西さんはおっしゃっていました。


それでは、葛西さんの「お菓子大好き」な気持ちのルーツはいったいどこにあるのでしょうか。

次回は、葛西さんが“グリオット”をオープンするまでのHistoryをうかがってみたいと思います。
おたのしみに!!!
Posted at 15:00 | 第98回グリオットさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

クリエーティブな菓子屋の仕事  [2007年08月10日(金) ]

【第4回 クリエーティブな菓子屋の仕事】


ドイツやフランスなどの昔からの伝統を本当に守るお菓子を作っていきたいのだったら、仕事だけに力を注いでやっていくのもいいと思うんです。そうすべきなのかも知れません。だけど、僕たちの菓子屋と言う仕事はアーティストじゃないんですけど、新たな「もの」を作り出していくクリエーターの部分があると思うんです。お客様に対しての提案だったりをしていく仕事なのかなと思うんですよ。』とキャトーズジュイエ 白鳥シェフ。

なるほど、〔クリエーター〕の意味を調べてみると
―1 造物主。2 創造的な仕事をしている人。創造者。創作家  とあります。
お菓子屋さんの仕事というのは、お菓子を作ることはもちろんのこと、新しいお菓子をつくったり、昔ながらのお菓子を紹介していったりと、クリエーティブな部分を大きく担っていることに改めて気づきます。

そういったクリエーターであるには、仕事ばかりではなくてリフレッシュする時間ももちろん必要だと思うんですよ。自分がいっぱいいっぱいで仕事をしていたら、それだけでやっぱり息が詰まっちゃいますから・・・



では、白鳥シェフのリフレッシュする方法って何だったのでしょう?

それは、好きなことをする時間ですね。私にとってはコンテストだったり・・・

コンテストなんてものは、別にやらなくてもいいものだし、まず好きじゃないと出来ないものだと思うんですよ。

日々の仕事が終わるのは夜10時〜11時。練習の時間はそれからです。
もちろんすきでやっていることですから、仕事とは全く切り離して考えないとだめです。「おつかれさまでした。」の瞬間にあめを炊きはじめるんですよ。終わってから、「何しようかな〜」なんて考えていると、疲れているのでいい案も浮かばないし、「帰って考えてから明日はやろうかな」とか、思い始めちゃうんですよね。そうなってしまうと完成しない。コンテストに作品を完成させることが出来なくなってしまいます。

そこで白鳥シェフは、『考える前にやる』そして、『やりながら考える』―そういうやり方で忙しい仕事を終えてからの練習を続け、数々のコンテストに出展したのだそう。

TVチャンピオン(TV東京系の番組)への出場や、洋菓子業界でのプロのコンクール、国際大会の選考会への出場など・・・

いろいろとコンテストに出てきても、あと一歩がいけないんですよ。結果を残せないんです。結果を残すって言うのは、優勝するって言うことですよ。 クープ ドゥ モンドの予選にでて8時間のコンクールを精一杯戦って、これで結果が残せなくても、結果がどうであれコンクールは終わりだな。って自然と思ったんですよね。



そんなときに舞い込んできた、新丸ビルの出店依頼。

『コンクールでは勝てなかった人にもお店つくりでは勝ちたいなって思ったんです。そういう考え方にシフトしていったんです。コンクールもお店をやるのもおんなじことなんですよね。唯一違うことは、お店の場合はその日からがスタートであり、戦いになっていくということです。「継続すること+進化すること」が大切なんですよ。コンクールのように終わりがないんです。

キャトーズ・ジュイエTOKYOをオープンするときには、何度も何度も細かいところまでやり直していったんだそう。

3年前に越谷店をリニューアルしたときには、忙しい時期だったということもあって、業者さん任せなところが多かったんです。オープンに駆けつけてくれた方からは、そんな風にして出来たお店と自分の顔をみて「お前終わったような顔してるな〜」とか「お前の魂、訴えたいものが全く伝わってこない!」なんて言われたんですよね。 「自分が使えたいことってなんだろう」ということを考えたTOKYO店は、やりがい、たのしさがありましたね。
『自分の全てのことが、お菓子を中心に広がっていくことが楽しい』という白鳥シェフ。

お店の外観・内装・数々のお菓子から「お客さんに訴える」ことはクリエーティブなこと。
〔職人〕という、自分の技能によって物を作ることする、そして〔クリエーター〕としての創造的な仕事をしていくこと。白鳥シェフの考えるお菓子屋の仕事とはそういうこと。

そんな白鳥シェフに次なる夢を聞いてみました。
次の夢ですか? フランボワーズとか、畑に植えたフルーツを摘んで行きながら、1本道を行くとその先にある工場に入っていけるような、そういった環境にしたいですよね。厨房と倉庫とお店と・・・それが一番無駄のない形を考えていきたいなと思っているんですよ。そうやってひっそりとやっていけるようシフトしていくのもいいですね。 と言っても10年後とかの話ですけどね。


今もキャトーズ・ジュイエさんのサロンと駐車場との間には、いつか畑に植えられる予定のフルーツの樹が植えられています。
あんず、プラム、フランボワーズ、ブラックベリー、巨峰・・・自分たちで育ててつんできた素材を使うようになれば、素材を大切に扱うようになると思うんです。また、マジパンやナパージュ、フォンダンなど、自分で作れるものは作って合理的においしいものを作っていきたいと思っています。
そうやって作ったお菓子を大切に売っていきたいですね。』


白鳥シェフの夢はまだまだ続いています。
職人として クリエーターとして お菓子を通してどんどん広がっていく夢のこれからが楽しみですね!
Posted at 15:00 | 第97回キャトーズ・ジュイエさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

キャトーズ・ジュイエさんに並ぶお菓子たち  [2007年08月07日(火) ]

【第3回 キャトーズ・ジュイエさんに並ぶお菓子たち】
 

店先にはトリコロールが翻り、店内には宝石のようにきらめくケーキが並び・・・
自家製のショコラやグラス・ソルベまで。焼き菓子も、もちろん数多く揃っています。
「菓子屋」と言う名の通りに常に最大限の商品展開をしているキャトーズ・ジュイエさん。


ケーキはプチガトーと呼ばれるもので35種類ほどですね。特に何種類っていうのは決めていなくて、数えているわけでもないので大体常に35種類くらいはあるっていう感じです。

ショコラやグラスはオープンしてまもなく始めてから今も続けて作っています。常温で販売できるタルトやパンなんかも始めて・・・ 最近はようやく本当のフランス菓子をやっていけるようになってきましたが、はじめは売れなくて大変だったんですよね。


今でこそ、“ショコラティエ”なんて言葉もお菓子にちょっと興味を持っている人なら知っているような時代ですが、15年も前、1個130円のトリュフやボンボンをお店で売っていると・・・「このトレーに乗ってるの全部で130円なの?」と聞くお客さん、「1個130円なんて高すぎる!!」と怒り出すお客さん・・・いろんなお客様がいらしたそう。
はじめは全然売れなくて、それでも作りたてのおいしいショコラを食べていただきたいと、効率はとても悪くても1種類20個づつでも作っていくようにしていましたね。「そんな作り方してるんだったらやめたほうがいい!」なんて言う方もいましたけど、それでもショコラもやることが本当の菓子屋だと思っていましたから。

そう言ってショコラを作り続けてきた結果、いつの間にか人気商品となったキャトーズ・ジュイエさんのショコラ。
作るのが精一杯になってきて・・・それでも去年までは、色々と工夫してやっていたんですよ。あめのランプで温度調整しながら、網の上にガナッシュを置いて。コーティングのチョコレートをかけて風を当てて余分なチョコレートを落としていってって・・・ エンローバー(ガナッシュをチョコレートでコーティングするコンベアー式の機械)のメカニズムを手動の作業に置き換えてやっていたんです。』ようやくエンローバーを使うようになったのは、去年の12月のこと。


最近では季節ごとにテーマに沿ったチョコレートを展開しているんだそう。
今年は「暑い夏の季節でもおいしいショコラを」と「夏ショコラ」を置いています。トロピカルフルーツ系のものや、ちょっとスパイシーなものをそろえました。秋には、和素材をテーマにやっていこうかなって考えています。和三盆の生クリームや黒砂糖風味のチョコレートクリームにダックワーズ生地、フィアンティーヌのようにそばの実とチョコで食感を出したものの組み合わせのケーキなどを出す予定です。

お店がオープンして以来、職人であり経営者でもあるオーナーシェフという立場から、自分がやりたい商品とお客さんに求められている商品つくりの間で紆余曲折、常に進む道を探しながらやってきたという白鳥シェフですが・・・
もちろんお客様に合わせるものもあり、提案していくものもありでいいと思うんです。チョコレートやパートドフリュイやグラス、ヌガーとかキャラメルとか、フリュイデキゼとか、そういったバリエーションでも今年はコレって決めて色々と提案していきたいなって思ってます。



とはいえ、それだけのバリエーションで商品を作っていくというのは大変なこと。
白鳥シェフがこれだけのお菓子を生み出していけるのはどうしてなんでしょう?

それは経験ですよ。自分の中にある膨大なデータです。』と言い切る白鳥シェフ。

若いときに、オー ボン ヴュー タンの河田さんにあるお菓子について質問したことがあるんです。そしたら河田さんから「お前は、菓子屋なんだったら自分で考えろ」って言われたんですよね。それからは、細かい配合を全部調べていったんです。例えば、クッキーについてだったら、ありとあらゆるクッキーのレシピを集めてくる。本だったり、人から教えてもらったものだったり、全部です。そして分析していきます。それぞれの材料のパーセンテージを出していくんですよ。そして、砂糖についてパーセンテージの少ないものから並べてみる、バターの少ないものから並べてみる、粉、卵、とやっていく。そうすると、なるほど、これはこういう食感なんだというのがつかめてきます。それが分かれば、こういう食感のものが作りたいと思ったときにどこをいじればいいのか分かるようになってきて。大体思うようなものが作れるようになりますよ。

白鳥シェフはあるときこの分析の表つくりにはまり、パンについて、アイスについても分析したそう。
ガナッシュだってそう、これ以上入れるとかたまらないとか硬すぎるとか分かってきます。そういうのが楽しかったですね。


「お菓子」というものにしっかりと向きあう姿勢を常に持ちつつも、『菓子屋はあらたなものをつくり出していくクリエーターの部分も持っているんですよ。』という白鳥シェフ。


今年4月 東京丸の内にオープンした、キャトーズ・ジュイエ TOKYOも、白鳥シェフのクリエーティブな部分だったのでしょうか?

次回 第4回は、菓子屋のクリエーターとしての部分をお伺いしていきます。
お楽しみに!
Posted at 15:00 | 第97回キャトーズ・ジュイエさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

キャトーズ祭りのhistory  [2007年08月03日(金) ]

【第2回 キャトーズ祭りのhistory】

キャトーズ・ジュイエ 7月14日に開催されたキャトーズ祭り。

今年は台風の真っ只中と言う、過去最悪の天気に見舞われながらも、例年以上の大盛況に終わりました。

中でも、やはりこのお祭りの原点ともいえる「シュークリーム100円」というイベントは、今年も一番人気だったようです。
そうですね、今年は天気も悪いしどうかな〜と思っていたのですが、初日で2,800個、2日目で2,400個が完売しました。2日間で5,200個ですか。
次から、次から・・・つくってはどんどん売れていったシュークリーム。
なんと2日で5,200個も売れたんだそう!!!

このキャトーズ祭りの発端は、16年前でした。うちのシュークリームのおいしさをもっと知ってもらって、売れて欲しいと思って100円で売ってみようってはじめてからです。

はじめの年は、奥様とパートさん2人だけで臨んだキャトーズ祭り。
まだ、お祭りなんていえないほどの規模で、店頭での告知だけだったこの年、売れたシュークリームは数個。
次の年は、やっぱり宣伝しないとって言うことで、手書きした告知のびらをお店でお買い物してくれたお客さんに配ったんですよ。それで売れたのは、ようやく100個でした。

そして、3年目。
今度は、チラシをポスティングしたんですよ。それでも2年目のキャトーズ祭りのときに用意していたシュークリームが結構あまってしまったんで、500個ほどしか用意していなかったんです。そしたら行列が出来るほどのお客さんが・・・
「チラシを入れて売れたとしても500個もあれば」という予想は見事にはずれ!
すっかり売切れてしまって、お客さんに待っていただいて。何とか追加、追加で作りましたね。もちろん、材料も足りないんですよ。牛乳と卵も足りなくって、途中でスーパーに買出しに行って・・・

この年、2日間のキャトーズ祭りで炊いたカスターは牛乳120L分!
売れたシュークリームは3,000個!!!!
お客さんもみんな待ってくれるんですよ。買えないと納得してくれないんです。』
まあ、工場では3人でシューとお客様に追われてほんとに大変でしたよ。
』と白鳥シェフ。

4年目からは3,000個を用意するようになりました。あとは、安売りだけではなくて、お客さんみんなに楽しみにしてもらえるようなイベントにしていこうといろんな企画を始めるようにました。

TVチャンピオン(TV東京系の番組)に出場したときには、そのときのゼッケンをつけて、お店の前でパフォーマンスをしたり・・・
牛乳やさんに頂いた大きな氷を削って、氷細工をやりましたよ。近所の子供たちもTVに出た人だっていうんで、「写真を撮って」だったり「握手して下さい!」なんていったり。まあ、恥ずかしかったんですけど、そうやって子供たちが喜んでくれて大人になったときの想い出になったらいいかなって思うんですよ。


子供たちにも楽しんでもらえる企画をと、3年前のキャトーズ祭りではクッキー教室を開催したり、去年とおととしにはマジパン教室を開催。子供だけではなく、大人にも大好評となったそう。
クッキーを自分で作るのもはじめての子もいるんですよ。クッキー生地を自分で伸ばして、抜いて、絵を書いて・・・っていう、初めて自分で作ったクッキーをうれしそうに持って帰ってくれました。

子供たちに楽しんでもらえるような企画は、毎年趣向を凝らしてスタッフさんみんなで考えるのだそう。

年々イベントも変化していき、盛り上がりを見せるキャトーズ祭り。
ロールケーキを安くして販売したりした年もありましたし、ミニクロワッサンを作ってサービスした年もありましたし、アイスクリームのデザートをお客さんの前でデモンストレーションしながらその場で配っていったり・・・いろいろやりましたよ。


今年4月にオープンした丸ビル店でも、キャトーズ祭りが開催されていました。
店内はフランス国旗のトリコロールで飾られています。
丸の内店では、越谷本店の定番シューとは違った形のシュークリームなんですが、キャトーズ祭りの2日間は通常よりも少し大きなサイズで価格も安くして販売しました。 また、通常800円の焼き菓子の詰め合わせセットをキャトーズ祭りにちなんで714円にしました。』と店長さん。
3連休初日ともあり、新丸ビルはたくさんの人!
トリコロール翻るキャトーズ・ジュイエTOKYO は道行く人にも目だっていて、多くの方が足を止めていました。


さて、次回、第3回はキャトーズ・ジュイエさんに並ぶお菓子について伺っていきたいと思います!
Posted at 15:00 | 第97回キャトーズ・ジュイエさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


 

スイーツコレクション第97回キャトーズ・ジュイエ  [2007年07月30日(月) ]


1789年7月14日、フランスに革命が起こり、この日より王室に仕えていた料理、菓子職人たちが町に出てそれまで王室の中だけでしか食べられない、贅沢な美食の技術が世の中に広まっていったそうです。
 私がフランスの地に始めて訪れ本場のお菓子に魅了されていたのがちょうど200年後の1989年の秋でした。出発前の日本のニュースでフランスの7月14日の200年祭の様子が報じられているのを見ていました。早く出発したい!とはやる気持ちで興奮していたのを思い出します。
 フランスでの生活にもやっとなれ夏休みも近い翌年の7月14日、職場のアポランティー(見習い)をしている仲間が3人徴兵に出ていて、この日はシャンゼリゼ大通りで行なわれる大規模な軍事パレードに参加していました。同じ職場の仲間が陸軍や、海軍の軍服を着ているなんて日本では考えられませんね。とにかくすごいパレードで、革命時代の軍隊時代から順にだんだん現代にそして最後にはミサイルをのせたトラック、戦闘機が数機新凱旋門のほうからトリコロールの3色の煙を出しながら反対側の空へと消えていきました。ブラボーと子供たちも大喜び、これでいいのかなーと思いながらも、そういつも、いろいろなギャップや驚きの毎日でした。
  帰国してお店を出す決心をしたとき、妻に言いました。「もしお菓子が売れなくてお店がつぶれるようなことになっても、また引き売りからでもはじめて必ずまた店を出してやる、もう一度つぶれてもきっと」と。そして不安な気持ちもいっぱいでしたが、フランスで生活していたあのころをずっと忘れないで、夢を持ちつづけたい、そんな思いのキャトーズ・ジュイエです


―これは、埼玉県越谷にあるお菓子屋さん キャトーズ・ジュイエさんのホームページに紹介されている、キャトーズ・ジュイエさんの名前の由来です。

開店を決意し、お店をオープンしたときの想いを忘れぬように・・・
お客様への感謝の気持ちとお菓子への愛情をたっぷりこめて・・・・
今年も、キャトーズ・ジュイエ 7月14日には、キャトーズ祭が催されました!!


2007年7月14日・15日 世間では、夏休み前の3連休。
海の日を目前に夏本番☆

しかし、この日はあいにくの雨。
季節はずれの台風が日本列島を直撃!!
大雨と強風。今年のキャトーズ祭りは、悪天候の中催されたのでした。

今年で16回目を迎えた、キャトーズ祭り。
日頃からお店に足を運んでくださるお客様に喜んでいただけるイベントを―と、毎年、趣向を凝らしたイベントを企画されています。


毎年、キャトーズ祭りの恒例になっている「シュークリーム1個100円」の販売をはじめ、店頭で蚤の市を開いたり、ワインをふるまったり・・・色々やっています。』と白鳥シェフ。

シュークリームは、この日のために2種類のものを用意。
カスタードクリームを詰めたシュークリームと、生クリームをたっぷりと絞ったシュークリーム。
朝一番から来店するお客様のお目当ては・・・やはり、このシュークリーム。

どんどん売れていくシュークリーム。
そして、お店の隣にある工場からはどんどんとシュークリームが作られています。
工場中がシュークリームでいっぱいに!!
あっちでシュークリームの生地が仕込まれている・・・その隣では、シューが焼き上げられ・・・クリームを詰めていく人、ふたをしていく人・・・・

また、スタッフさん総出で作られるシュークリームの前では手作りのグラス・ソルベを1個50円にて販売中です!
通常は1個180円のアイスを50円で販売ともあり、こちらも大人気☆
手作りのアイスは全部で10数種類。なくなりそうなものから随時作っては補充されます。
作りたての手作りアイスのおいしさに、お客さんもどんどんと列をなし、「大人から子供まで」という言葉通りの大盛況。

さらには、お子様用のイベントとしてポップコーンに綿菓子なども50円で販売されます!
普段は甘い香りに包まれてケーキを作っているパティシエさんも、このときばかりはポップコーンの塩加減の調整に苦戦中!?
初めて作る綿菓子に、スタッフさん自身も楽しんでいらっしゃるようでした!

通常の業務とは違ったお客様とのコミュニケーションに、お客様はもちろんスタッフさんも忙しいながらも・・・なかなか楽しそうですよ。

店頭では、シェフの選んだワインがふるまわれたり、お店で使っている包材やカップ・ラベルが素敵なお酒の空ビンなどを販売する蚤の市コーナーも人気です。

毎年、シュークリームについで朝から人気のコーナーなんです。お店でつかっているものでも、季節が終わって使わなくなってしまったカップやかごや、短くなってしまったリボンなどを蚤の市価格で販売するんです。空ビンの人気も良く、ECOにもつながる企画になりました。』と白鳥シェフ。
スタッフさんが、『こういう風に使うんですよ。』などと、お客様に使い方を伝える場面もあり、お客様にキャトーズ・ジュイエさんをより知っていただくきっかけにもなっているようです。


14日には、かなりの雨に見舞われました。
15日には、強風のために駐車場に立てたテントを撤去したりというアクシデントもありながら、それでも多くのお客様にご来店いただいた 2007年のキャトーズ祭り。

白鳥シェフも『今年は、初めての台風のなかでの開催で、実際はつらかったですよ。それでもたくさんのお客様に来ていただけてよかったですね。』と、多くのお客様で賑わったキャトーズ祭りを振り返ります。

オープンしてから、どんな年でも続けてきたキャトーズ祭り。
どんなに忙しくっても、年に一度。 7月14日に由来した名前でもありますから、この日だけは、利益を求めることなくお客さんに楽しんでいただける様にやってきましたから・・・』白鳥シェフには、格別の想いがそこにはあるのでしょう。


次回 第2回は、今年の、そして今までの、キャトーズ祭りについて白鳥シェフに伺ってみたいと思います! お楽しみに!!

Posted at 15:00 | 第97回キャトーズ・ジュイエさん | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)


| 次へ
Copyright(c) Annie Co.Ltd All Rights Reserved. 株式会社アニー