【第3回 森本シェフのhistory】

『学生時代、クラスの中でも一番出来なかったほうですよ。』
と言う森本シェフですが、今は立派なアルカションのシェフ・・・本当ですか?
『本当ですよ。学生時代、不器用でしょうがなかったんですよ。仕事も遅くって、先生にも先輩にも、よくおこられていましたよ。』
専門学校を卒業後、フランスに留学。半年の留学生活のあと、半年間フランスの「レイナールド」でのスタージュ生活。
『「フランスにお菓子を勉強しにきたんだから、フランス菓子で行こう!」って、ここで固まったんですよ。』
そして、日本に帰って就職。
『フランス留学を共にした仲間とは、今でもたまに遊んだりはしますけど、そんなのは本当に最近のことです。ずっと、修行に打ち込むじゃないですけど、ほとんどの友達との連絡を絶っていたくらいでしたね。』
―初めての就職、菓子屋としての修行はとっても大変だったようですね。
『そうですね〜。何度もやめようと思ったこともあったし、3年は続けようと思ってがんばってはいましたが、きつくてきつくて・・・2年でしたね。菓子屋の仕事すらやめようかと思ったほどでした。』
『今までで一番きつかった』
―と言う森本シェフ。
『でも、引っかかったのは留学までさせてくれた親に、「辞めた」なんて言えないってことでした。まともな菓子屋になれないんじゃないかって思ってはいたけれど、辞めれなかったですね〜。』
そして、森本シェフは「辞めたい」と言う思いを乗り越え、再びお菓子屋さんで働き始めました。
『次の店でも、やっぱりおこられたり、つらいこともあったけど、前のつらさに比べればつらくなんてないなって思うようになっていました。』
『だましだましここまで続いてきましたよ。』なんて笑う森本シェフですが、「フランス菓子で行く」という心は変わっていませんでした・・・
そこで再び、フランスへ!
パリはもちろん、アルザス地方などを食べ歩いて、働かせてもらえるように頼んだりもしたのだそう。『いいお店もたくさんあったのですが、なかなか働けるお店がなかったですね。そんなとき、フランスにいた先輩に「ギエ」を紹介してもらってやっと働けるようになりました。』
そして、2件目に働くことになったのが「パティスリー マルケ」。
『「パティスリー マルケ」では、働いている人との仲もよかったし、街の人も親切でとても働きやすい環境でした。「マルケ」で働くことになったのは、特に“カヌレ”に興味があったわけでもなかったんですよ。「ギエ」のオーナーに紹介してもらって、たまたま「マルケ」で働いたから興味が出てきたくらい。結構いきあたりばったりだったな〜。』ですって。
アルカションの街や、「マルケ」との相性が良かったのでしょうか?
『2年半いたフランスで、2年間は「マルケ」で働いていましたね。』という森本シェフ。
『バカンス地のアルカションは、夏は忙しかったですよ〜。でも、面白いんですよ!夏になると、カヌレをワゴンにたっぷりつんで、アイスクリーム屋さんなんかと並んでビーチ前の路上に売りに行ってました。これが、結構売れるんですよ!!真夏とはいえ、日本のように湿気もないし・・・フランス人の食欲はすごいな〜って思いましたね。』
燦燦と降り注ぐ真夏の太陽に、ビーチでバカンスを楽しみながら、つめた〜いアイスクリームでほてった体を冷まして・・・そこに真っ黒に日焼けした“カヌレ”・・・???
バカンス地・アルカションならではの夏の光景!?

忙しい夏のバカンス時以外は、車でいろいろなところに遊びにいっていた、森本シェフ。
このときに、特長あるフランスの地方菓子の魅力に、どんどんはまっていったのだとか・・・。
次回、最終会は森本シェフのはまった魅力ある地方菓子についてのお話です。
>>>第4回最終回は、3月6日(火)公開です!お楽しみに♪
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