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永井シェフのHistory [2007年04月03日(火) ]

【第2回 永井シェフのHistory】

永井少年はとてもミーハーな少年だったんですって。

『生まれ育った土地って言うのが、みんな親戚のようなすごく地域に密着した閉鎖的なところだったんですよ。食に対してもとても保守的な感じで、例えば「○○グラタンが食べたい!!」といっても子供の意見なんてなかなか通らないんです。だから、自分で作って食べるしかなくて。子供の頃から、いろいろ作っていましたね。洋風のものへのあこがれが強かったですね。』

こよなく自由を求めていたという少年の頃の永井シェフ。

『しかも外国の中でも、不思議とアメリカに対する憧れはなくて、ヨーロッパだったんです。中でもフランスってやっぱり一番華やかなイメージがあるじゃない!?別に、その頃フランスについての知識があるわけじゃなくって。ただ、フランスがよかったんだよね。だから、ミーハーだったと思うよ。』と自身をふりかえってくれました。

そうして、高校生になって進路を決めるとき―日本でもフランス料理と言うものが流行りだした頃・・・
『「フランス料理やろう!」って決めたんだよね。』

そうだったんです。もともと永井シェフはフランス料理のキュイジニエ。
『専門学校を卒業したあと、レストランで働き始めました。そのレストランはすごくいいレストランで、一軒屋のレストランだったんだけど・・・今思い出してもいいレストランでしたよ。大きな暖炉がサロンにあって、バーカウンターもかっこよかったし。』しかし、レストランは永井シェフが働き始めて約半年で閉店してしまったのです。

そして就職活動をすることになってしまった永井シェフでしたが。
『なかなか、決まらなかったんですよ。どうしよう!ってなったときに、レストランで働いていたパティシエの人に「先々自分でお店もちたいんだろ。レストランにパティシエを雇うなんてなかなかできることじゃないし、ゆくゆくはお前も菓子の勉強をしてかなきゃならないんだから。先に菓子 勉強するか?面倒みてやるから。」っていってもらって。そのパティシエの人はフランスにも行っていた人で、名字が同じだったこともあってすごくかわいがってもらってたんですよ。』
―そう、その『パティシエの人』と言うのは、東京 西麻布のスフレ専門店 「ル・スフレ」の永井シェフ!

『それで、連れて行かれたのが河田さんとこだったの。ちょうどオー・ボン・ビュータンのオープンをする頃で、菓子屋で働くことになったんです。河田さんと永井さんがいて、その下でオープニングスタッフとして働きはじめました。』こうして、お菓子の世界に足を踏み入れた永井シェフ・・・

『だけど、ただの洋菓子店だったらすぐに料理の世界に戻ってたのかも知れないよね。オー・ボン・ビュータンはしっかりしたフランス菓子をやっていた菓子屋で、そういう“フランスの食文化”の中にいることができれば、それでよかったのかもね、若い頃は。』そうして、働いているうちにすっかり、お菓子を通じた“フランス”にはまっていった永井シェフだったのでした。

22歳までオー・ボン・ビュ―タンで働いた後・・・
『河田さんには「お前には早い!!」と言われながらもフランスに行ったんです。』

そして、フランスでの生活が始まります。
『はじめて行ったのはヴァランスと言う南仏の入口と呼ばれる街の菓子屋。だから、フランス語が南仏なまりで、いまだにフランス人と話すと「なんでお前日本人なのに南仏なまりなの?」ってよく言われるよ。すごくいいところです、この年になったら南仏がいいよね〜。』
南仏は気候がよく、人も朗らかで永井シェフもお気に入りなんだそうですよ。

『ま、それで。フランスにいると、やっぱり異国人なわけ。
フランスに行くと、言葉にして説明しなくても文化が伝わってくるんですよ。ああいう風にビシッと自国の文化を見せ付けられちゃうと、「じゃあ、日本の文化ってなんなのかな。」って思って・・・それは、日本人としての文化をきちっと見せ付けられないからだよね。
日本って、何でも自分達が受け入れやすいように形を変えていろいろなものを混ぜちゃってるでしょ。日本にいるときは分からなかったけど、そうなんだよね。それが文化なんだから、受け入れやすく都合よくなるように形を変えちゃうんじゃなくて、そのままをきちっと受け止めていかないとって思うんです。』


フランスの文化にふれて、フランスの・日本の文化を考えるようになった永井シェフ。
ヴァランスから、グルノーブル、パリ、ルクサンブルグなどフランス内外 各地で働いて
『気づけば6年になっていました。』

日本に帰ってきてからは、どこかでシェフをしようなんて思ってはいても「6年間」というフランスでの生活は・・・
『日本の社会になじめない体質になってしまって』すっかり、フランス的感覚になっていたのだそう。

『面接に行っても、体質が合わなくてダメだったんですよ。
そうしたら、オー・ボン・ビュータンの河田さんに「お前には、もう無理だから自分で何か始めろよ。」と言われて、自分でお菓子の卸しの会社を始めることにしたんですよ。3年から4年、その卸の仕事をやっていて。その頃、偶然にもこの場所が空いたって言う連絡をもらって!いいところだったんですぐ決めましたね。』


そうして、ノリエットは1993年にオープン。
『最初からやりたいという最終的なパティスリーの形っていうものは、決まっていて。』オープンする前から、コンフィズリー(砂糖菓子)、ドゥミセック(半生焼菓子)、セック(焼菓子)、ヴィエノワズリー(パン類)、グラス・ソルベ(アイスクリーム)、トレトゥール(惣菜)と言うラインナップをやるのは決まっていたそう。

これだけのラインナップで商品をそろえるには、やはり広い場所が必要ですよね。
『でも、トレトゥール(惣菜)はなかなかできなかったんですよ。お菓子を扱うところで肉や魚を扱うのは怖いなと思っていて・・・』

それで、ビストロを作っちゃったってわけですね!
『リュタン(Le Petit Lutin )は、もちろんトレトゥール(惣菜)のためでもあるけど、もともとは俺もキュイジニエでしょ。いつかビストロをやりたいっていう気持ちがあったから、店の改装もしたかったんだけど先にビストロをやることにしたんですよ。そして、お店のほうは1年前に改装をして。やっと今、やりたかったカタチになったという感じですね。』

店内には、永井シェフのこだわりの一品のオブジェたちが詰まっています。
フランス伝統菓子・地方菓子の型やミュシャの絵画、フランスのある地方の郷土人形・・・そこはまるで、ミュージアムのよう!!

おや、お店の隅っこのほう、壁際にしぶ〜い存在感を放っている自転車を発見!
それはもう「自転車」と言うより「ベロ」といったほうがしっくりくる・・・
『この自転車で毎日通勤しているんですよ〜。』と、最近買ったばかりと言うお気に入りの自転車にまたがってくれた永井シェフ。

『この年になると、運動しなきゃと思ってね。最近、自転車を始めたのよ。これ、すごい軽いんだよ。イタリアのパーツで自分の体に合うように全部図ってピッタリのものをオーダーしてね・・・』と楽しそうなシェフ。
『ロードレース用のヘルメットとかもそろえようかと思って〜』ですって♪


>>>>第3回では、永井シェフの趣味などをうかがっていきます!
4月10日(火)更新。お楽しみに!!
Posted at 15:00 | 第94回ノリエットさん | この記事のURL
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