【第2回 サントスシェフのHISTORY】

こどもの頃、皆さんにも多くの素敵な夢があったことでしょう。
「幼稚園の先生」「看護婦さん」「お花屋さん」「野球選手」「おまわりさん」・・・
サントスシェフが「パティシエになりたい!」と思ったのも、こどもの頃。
既に、こどもの頃にはお菓子つくりを仕事にしようと決めていたんだそう。
そのきっかけは?
『こどもの頃にお母さんとケーキを作っていて。お母さんに教えてもらったケーキと同じように作っているはずなんですが、何度作ってもお母さんのケーキは自分が作ったケーキの2倍に膨らむんですよ。それが不思議で・・・。』
お母さんのようにおいしそうに膨らんだケーキを作りたくて、何度も繰り返し作るうちにお菓子つくりが楽しくて仕方ないものになっていたんだとか。
このハプニングがきっかけでサントスシェフのお菓子への道が始まっていったのですが。
『後で分かったのですが、どうしてお母さんの作るケーキが膨らんだかって言うと、分量が多かったんですよね。2倍で作っていたので、もちろん2倍に膨らむわけです。』
サントスシェフのお母さんのお茶目ないたずら心があったからこそ、サントスシェフがあると言っても過言ではないかも知れませんね。日本でサントスシェフの作るおいしいケーキを食べることが出来るのもお母さまのおかげ!?お母さまに感謝しなくっちゃですね。(笑)

さて、そんなきっかけでパティシエになることを決意したサントスシェフ。
フランスでは、古くより16歳の頃から職人になりたい者は職業訓練校で学びながら実際にその職業の修行をしていく制度があります。
ちょうど、日本で言うところの高校生。もちろんフランスでも高校に進む生徒もいますが、職人になる者は早くから職人の修行に入るのです。
既に将来の仕事を定めていたサントスシェフもその一人。学校へ通う週とアプランティーとしてパティスリーに入って修行をする週の繰り返し。そうして16歳の頃からパティシエとして修行
をされたんだそう。
『でも、16・17歳って言ったら一番遊びたい時期でしょ。友達と遊びたいけど、夜に遊んじゃうと次の日の仕事がつらい。午前3時とか、4時とか 早朝から仕事は始まるからね。 で、休みの日だったらと思って遊びに行っても、いつもの習慣で夜の9時頃になったら、もう眠たくって全然、遊んでなんていられなかったんですよ。初めの1〜2年は遊べないことが一番つらかったかも知れないね。』とサントスシェフ。
しかし、遊びに行きたい苦痛を乗り越えた後 パティシエとしての修行に人一倍集中するようになったのだとか。
『そうですね、仕事が終わってからあめのピエスを練習したり、チョコレートを練習したり、色々と練習をするようになりました。修行をしていたお店が3〜4人の小さなお店だったから、私は一番下っ端だったけど、何でもやれる環境でした。コンクールにもエントリーするようになったりして・・・』
そうして、19歳で出場した チョコレートのコンクール(「コンクール・ナショナル・ショコラ」アプランティ部門)でなんと2位!
これから、どんどんサントスシェフの実力が開花してきます。様々な大会で入賞するようになったそう。
中でもサントスシェフが『嬉しかった』と言うコンクールは「コンクール・ジャンルイ・ペルトロ アルパジョン」。21歳のときに出場したコンクールで優勝したときのこと。
『22歳までは「ジュニア部門」と言うものがあって、そちらに出場することも出来たんだけど
「シニア部門」に挑戦してみたくって出場してみたんです。そうしたら優勝することが出来て本当に驚きましたし、嬉しかった。他にも良い賞ももらいましたが、今でもこのコンクールのことは思い出深いですね。』
その後も様々なコンクールに挑戦されたサントスシェフ。アメ細工が好きで、練習も熱心に打ち込んでいたのだそう。そんなとき、サントスシェフの働くお店に日本人のパティシエが研修に来ることがあり、そこではじめて日本の文化というものに触れることになるのです。
日本の文化のひとつである“いけばな”に興味を持ち、“いけばな”に触れたいと思ったサントスシェフは日本に行くことを決意するのです。

フランス人パティシエの方が日本で仕事をする場合、労働ビザの申請をしなくてはなりません。この時の条件として、フランスでのその専門職の労働年数が10年以上であること、英語が話せるということが必須なのだそう。
当時24歳だったサントスシェフに10年の勤続年数はありません。
サントスシェフは今まで獲得してきた 様々なコンクールでの実績を提示することで、勤続年数不足をフォローすることが出来たのだそう。英語については、1年間のイギリス留学で試験にパス!ようやく労働ビザを取得することが出来たのだそう。
『このときですね。つらかったけど若いときに遊びばっかりせずに、練習をして仕事にまじめにやっていてよかったなと思えました。やっぱり若いうちに練習しておかないと。後でやると、時間がどんどんなくなるんですよ。大人になったら結婚したり、子供が出来たりするでしょ。そうすると自分の練習に打ち込める時間が取れなくなってきますから。若いときに遊べないっていう辛さはあったけれど、そのおかげで24歳と言う若さで日本にくることも出来た。いい経験をしたって思っていますよ。最近はやる気のある若い人があんまりいないんですよね。自分で何がやりたいっていうことがわからない人が多い。日本だけではなくって、フランスでも同じです。フランスでは労働時間規制の問題なんかもあって最近は練習する人も減ったんじゃないかな。残念なことです。』
サントスシェフは自身の経験から、練習の大切さ・仕事に打ち込むことの大切さを感じ、今がんばっている若いパティシエさんにエールを送ってくださいました。
さて、いよいよ日本に来ることになったサントスシェフ。
初めて上陸したのは京都の街。
日本に来た、サントスシェフはどのように感じられたのでしょうか?
次回をお楽しみに!
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